「いつもよだれをたらしていて、それが固まるとピノになる」。どうぶつの制作者・やっちょさんが語る、誕生秘話とその生態
tukifuneのラインナップに加わった「どうぶつ」。
従来の製品とはずいぶんと雰囲気の違うアイテムですが、どうぶつがいなければ、今の私はなかったといえるくらい重要な存在です。
今回の記事では、どうぶつを生み出した小口泰史さんに、誕生秘話などをお話しいただきます。聞き手は日用品愛好家の渡辺平日さんです。
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渡辺平日(以下、渡辺と表記)
やっちょさん(小口さんのあだ名)、tukifuneさん、今日はよろしくお願いします。
やっちょさん・tukifune
よろしくお願いします。
【写真左】小口泰史。2015年に「おもしろい空き家」と出会い、ninjinsanをオープン。同店では仕入れと値付けを担当している。祖母から「泰史は大器晩成だから」と言われ続けてきたが、晩になっても一向に大成しないのが悩み。
【写真右】月舟蘭(tukifune)。長野県下諏訪町出身。信州大学繊維学部を卒業後、プロダクトデザイナーとして活動。どうぶつでストップモーションアニメを撮ることが最近の趣味。
「ninjinsan」の由来。
渡辺
ninjinsanは、tukifuneさんが一番好きなお店ということですが、僕もこのお店が大好きで、長野に来るときは必ず立ち寄っています。
渡辺
お店のことを知った時、名前がかわいいなと思いました。由来を教えてもらえますか?
やっちょさん
奥さんの緑子さんの思いつきがきっかけです。店名を考えている時に「『飴ちゃん』とか『天神さん』みたいな、関西風のはんなりした名前がいいんじゃない?」とアドバイスしてくれて。
渡辺
なるほど、それでninjinsanと。もしかして由来は『おべんとうばこのうた』ですか?
やっちょさん
そうそう。緑子さんが歌詞から取ってくれて。自分はネーミングセンスに自信がないからすっかり助かっちゃった(笑)
ただかわいいだけではなく、「さん付け」と、『おべんとうばこのうた』を組み合わせた、ダブルミーニングみたいになっているところも気に入っています。
ニッチなお店でも生きていけることを示したかった。
渡辺
素敵な由来ですね。洒脱と言うか。ちなみにお店を始められたのはいつ頃ですか?
やっちょさん
えーと。らんらん(tukifuneのあだ名)、何年くらい前だっけ?
tukifune
はっきり覚えてないけど、2016年くらい?
やっちょさん
となるとだいたい7年目くらいか。当時、このあたりには古道具屋ってほとんどなかったんです。伊那市と松本市に一軒ずつあるくらいだったかな。
渡辺
古道具屋って今でこそ市民権を得ていますが、たしかにそのころは少なかったかもしれません。骨董屋やアンティーク・ショップは多くありましたけど。
やっちょさんはなぜ、そんなニッチな世界に飛び込もうと思ったんですか?
やっちょさん
なんにもない田舎でも、文化的なことをして、生活ができるかもしれない。しかもみんながあんまりやっていない分野で。―ある日、そんなことを思いついて、それを実践したらおもしろいんじゃないかと思ったんですよ。それがきっかけです。
ninjinsanの近くにある諏訪湖の眺め。厳しさと美しさが同居した景色が広がります。
やっちょさん
最近はだいぶ店も増えたりで、町の様子は変わっているんですけど、当時はほとんどなにもなかった。そういう状況のなか、ニッチなジャンルのお店でも生きていけることを示せば、「おもしろいじゃん」って着いてきてくれる人も現れるんじゃないか。―そういう期待もあったりしました。
渡辺
半年おきにこのあたりに遊びに来るのですが、そのたびに新しいお店が増えていてビックリします。確実に地域にいい影響を与えていると思いますね。
やっちょさん
そうだといいねえ。
「思わぬ宝を探している」っていう感覚が好き。
やっちょさん
あとは、子どものころから古道具が好きだったのも、大きな動機。
渡辺
昔はどんな少年だったんですか?
やっちょさん
とにかく他の人と被りたくないと思ってましたね。服とかそういう分かりやすいものだけじゃなくて、ちっちゃな文房具でさえ同じものは嫌だった。たまたま家に古い倉庫があったから、古い鉛筆なんかを掘り出してきて使ってました。
やっちょさん
高校生になると、レコードや古着にのめり込みました。決定的にハマったのは、リサイクルショップがきっかけ。古いモノの中に斬新さを感じたり、激安の中から驚きを発見したり……。
そういう「思わぬ宝を探している」っていう感覚が好きで好きで。うちの店が、値段と面白さと物量のバランスを重視しているのは、そういう原体験があるからだと思います。
渡辺
自分もリサイクルショップが好きなのでよく分かりますね。いつも長っ尻になるから、家族とか友人とかに嫌がられます(笑)
やっちょさん
レコードの100円コーナーを何時間も掘って、自分なりの1枚を探すのって最高だよね。だから実店舗にこだわっているのかもしれない。もちろんインターネットでやったほうが稼ぎもいいんだけどねえ。商品の回転もよくなるから維持も楽になるし。
渡辺
でも、ポチッとボタンを押して買うのとはぜんぜん感覚が違いますよね。
やっちょさん
うん、そう思う。そう信じてるからお店をやっているところがある。
急な階段あり、謎の小部屋あり……。まるで秘密基地のようです。
やっちょさん
おもしろい物件と出会えたのも後押しになりましたね。
渡辺
かなり変わった造りですよね。元々はなんの建物だったんですか?
やっちょさん
昔は質屋だったの。法律的な意味で窓に鉄格子が付いていたり、中に金庫があったり防火扉があったり……。
tukifune
修繕に一年くらいかかったよね。
やっちょさん
めちゃボロかったからね、床も抜けてて。ゆっくりやってたから。
東京っていろいろなお店があるけれど。
渡辺
僕はこのお店が好きなので、友人たちによくおすすめしています。「長野に行くときは途中下車をしてでもninjinsanに行ったほうがいいって」と。ただ、どういうお店かと聞かれると、なかなか説明が難しいです(笑)。やっちょさんにとってninjinsanはどんな存在ですか?
やっちょさん
自分で表現するのはけっこう難しいね……。ただ、「気軽で入りやすい、楽しいお店でありたい」とは常に心がけてる。
渡辺
ああ、ものすごくしっくりします。古道具屋って入りづらかったりしますけどそういうのってないですよね。では、tukifuneさんはどう思いますか?
tukifune
わざわざ東京から遊びに行きたくなるくらい、大好きな店です。どんなに調子が悪い時でも行きたくなる。東京っていろいろなお店があるけれど、こういうお店は無いなあって思いますね。
やっちょさん
無いことは無いと思うけど(笑)
tukifune
少なくとも私は知らないなあ。私は下諏訪出身なんですけど、昔は「この町ってなんにもないな」と思ってました。ただのなんにもない町。でもninjinsanを見つけて印象が変わりました。こんなおもしろいお店があるんだって。
やっちょさん
そう言ってもらえると嬉しいね。どうあがいても故郷は故郷だから。「どうしようもない」って悲観するんじゃなく、だったら自分がおもしろくすればいいと思ってたんで、そう言ってもらえてとても嬉しいです。
「我ながら狂ってたとしかいえないな(笑)」
tukifune
私が特に良いなと思うのは、商品についている一言メモです。もちろんセレクトも最高なんですけど、メモがあることでさらに最高になっている気がします。
渡辺
僕も好きです。「値上げしました」って書いてあるのを見た時は思わず吹き出しそうになりました。
tukifune
私は「良い台は、とつぜんあなたの前に現れる」って一言が好きだなあ。あれってどういう気持ちで書いてるんですか?
やっちょさん
ただ値段を書くだけだとおもしろくないなと思って。とにかく店で一番大事にしていることはおもしろさだからね。
渡辺
しかしninjinsanは物量がとんでもないですよね。考えるのも大変なんじゃないですか?
やっちょさん
いや、そこはもう瞬発力で。
渡辺
大喜利みたいに?
やっちょさん
そうそう。
tukifune
最初は1円の商品にもメモを貼ってたよね。
やっちょさん
うん。あれは我ながら狂ってたとしかいえないな(笑)
tukifune
模様替えも頻繁にやってたし。1ヶ月に1回は別の店みたいな印象に変えてたよね。
渡辺
今ふと思ったのですが……。メモがあるから気軽に商品を手に取れる、というのはありますよね。ほら、古道具屋はちょっと緊張しちゃうじゃないですか。おずおずと商品を手にとって、おずおずと戻すみたいな。
やっちょさん
そう言われるとそうかも。やっぱり店に来て直接手に取ってもらって、古道具というジャンルに興味を持ってもらえたらと思ってるから。
渡辺
どの町にもひとつはある謎の定食屋さんみたいな雰囲気がありますよね。メニューが異常に多くて、やたらレバニラが美味しいみたいな(笑)
ものを作る楽しさを思い出させてくれた。
渡辺
さて、tukifuneさんにとってこのお店は、特別に思い入れのある存在だと聞きました。どんな接点があったんですか?
tukifune
大学を卒業したあと、関西のほうで働いていたんですけど、途中で体調を崩してしまって……。それで長野に帰ってきたんですが、めちゃくちゃ調子悪くて、もう一歩も外に出れないみたいな。
でもninjinsanなら人前に出れたんですよ、不思議なことに。それでこのお店で店番をするようになったんです。
やっちょさん
え、知らなかった! そんな状況で店に立つのは大変だったんじゃない!?
tukifune
当時はお客さんが少なかったから(笑)。一人もお客さんが来ない日もあったし。
渡辺
そうなんですね。今日なんか平日の昼下がりなのに、ずいぶん繁盛しているので、ちょっと想像しづらいです。新規のお客さんもたくさんいらしてましたし。
tukifune
なんとかお店には立てていたけど、もうものは作りたくないなあと思ってました。でもある日、やっちょさんが急に「ぬいぐるみ作らない?」って。それからリハビリじゃないですけど、またものを作り始めたんです。
やっちょさん
人のアイデアだからやれるみたいなところはあるかもね。
渡辺
人の家だから片付けられるみたいな。
やっちょさん
そうそう。自分も買い取りの現場は超気合い入れて片付けます。実家はめちゃくちゃなのに。
渡辺
(笑)。ところでtukifuneさんはバッグなどを作っていますが、その時はぬいぐるみも作っていたんですか?
tukifune
まったく作ったことがなかったです。とりあえずやっちょさんにどうぶつのイラストをもらって、新聞紙で型紙を作るところからはじめて……。けっこう大変でしたが、ものを作る楽しさを思い出させてくれました。
やっちょさん
それにしても「ぬいぐるみ作ってよ」って、無茶ぶりにもほどがあるよね。ぬいぐるみを作るのって多分大変だから。でも、らんらんなら任せられると思ったんですよ。
蘭ちゃんはセンスがあるし、昔から展示も精力的にやってて。いつか何かを頼みたいと思ってたんです。
やっちょさん
歳はだいぶ離れているけど、信頼しているし、もはや遠い親戚みたいな感じが若干ある。近所のお店の人たちも同じ気持ちだと思うな。いっつも気にかけているし。
tukifune
やっちょさん、昔、私が通っていた大学に来てくれたこともあるよね。
やっちょさん
そうそう。神戸の職場に行ったりもしました。
渡辺
ほんとうに親戚だ。
やっちょさん
まとめると、昔から変わらないものづくりに対しての姿勢とクオリティの高さが分かっているからこそ、どうぶつ作りを頼んでしまったのかもしれません。
「頼んでしまった」というのはあえて言ってるんですけど。ぬいぐるみを作るのってほんと大変だから。でもらんらんなら、ちゃんと作ってくれるだけじゃなくて、想像以上の物を出してくれるんじゃないかと。
渡辺
ちょっと違うかもしれませんが師弟愛のようなものを感じます。もちろん家族愛のようなものも。
自然の摂理に合わせたくて。
渡辺
では次に、どうぶつについて聞かせてください。どうぶつのモデルとなった生き物は、何年くらい前に誕生したんですか?
やっちょさん
たしか20代半ばだったから、25年くらい前かな。当時は音楽をやっていたんだけれど、どうしても制作がうまくいかなくて。
それで、逃げるっていうのは変だけど、形がある物の方が自分ではつくりやすくて……。その時にポンっと生まれたのがどうぶつ。当時はもちろんグッズにしようとかはなく、とにかくなんとなく作ってた。
一番最初に誕生したどうぶつ。このオリジナルを下敷きに、ぬいぐるみの動物は作られています。
やっちょさん
なるほど。そんなに長いんですね。そういえば、前からなんとなく気になっていたのですが、どうぶつはどこに棲んでいるんですかね?
やっちょさん
それは考えたこともなかったなあ。逆にどこに棲んでいたらいいと思う?
tukifune
諏訪湖のほとりとか茂みとか……?
やっちょさん
おお、茂みがいいね。茂みです。
やっちょさん
ふんふん。どうぶつはどんな物を食べるんですか?
tukifune
草がいいんじゃない?
やっちょさん
草か。安上がりでいいね。それにしよう。でもスイカとか食べてるから……草食ということで(笑)
渡辺
どんどん設定というか、生態が決まっていきますね(笑)。青いほうがメスということですが、メスが大きいのはリアルだなと思いました。チョウチンアンコウみたい。
やっちょさん
そこはやっぱり、自然の摂理に合わせたくて。
いつもよだれをたらしていて、それが固まるとピノになる。
渡辺
けっこう多いらしいですね、メスのほうが大きいパターンって。ちなみに、メスの首周りにはフワフワしたものが付いていますが、これはいったい?
やっちょさん
髪の毛だね。生まれたときから生えてる。
tukifune
生まれたときからあるんだ。
やっちょさん
脱着式で、たまに川で洗ってる。
渡辺
産卵する時にここに卵を隠したり?
やっちょさん
そこまでは考えてない(笑)
tukifune
私のフォロワーさんから「どうぶつはどんなときが幸せなんでしょうか?」と質問が来てるんだけど、そのあたりは?
やっちょさん
いつも幸せ。
渡辺
めちゃくちゃ良いですね(笑)。
tukifune
人にはよく慣れる?
やっちょさん
よく慣れるね。
tukifune
なつくんだ。
やっちょさん
なつくね。ちなみにこの初号機を作った時の設定は、いつもよだれをたらしていて、それが固まるとアイスのピノになるというものだったね。
渡辺
謎すぎますね。そういえば、tukifuneさんのフォロワーさんから「どうぶつくんって友達はいますか?」という質問も寄せられていましたが。
やっちょさん
足がやたらと長い友だちがいますね。肌が黄色で。
tukifune
いちおう黄色い布は買っているから、制作に余裕が出たら取り掛かりたいな。
まだまだ発展途上。
渡辺
楽しい話をたくさん聞かせてもらえて嬉しかったです。では締めくくりとして、「どうぶつのこれから」と、「ninjinsanのこれから」を聞かせてもらえますか?
やっちょさん
まずぬいぐるみのどうぶつに関しては、もうちょっとで10周年を迎えるから、特別仕様のものをつくるのもいいかもしれないね。黄色い布もあるようだし。
tukifune
それとってもいいねえ。
やっちょさん
ninjinsanに関しては、まだまだ完全体ではないから、とにかく完成させるのが今のところの目標かな。
渡辺
えっ、未完成なんですか?
やっちょさん
うん。実は地下室があるんだけどそこも販売スペースにしたいし……。あとは裏に空き地があるから買い取ってお店を拡張したい。まだまだ発展途上なんだよね。
渡辺
まるでサグラダ・ファミリアみたいですね。
やっちょさん
そうだね。死ぬ前には完成させたいけど(笑)
渡辺
縁起でもない(笑)。完全体になった時はまた取材させてくださいね。改めまして今日はありがとうございました。
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渡辺平日
日用品愛好家。大学を卒業後、インテリアショップに就職。仕事を通じて「もの」に対する知識や感性を養う。現在は執筆活動だけではなく、美術協力や製品開発、イベント企画など、良く言うと多方面に(悪く言うと無軌道に)活躍の場を広げている。